はじめに/今朝見た悪夢の話

 

 

・はじめに

 

 前々からブログというものを書きたいと思っていました。というのも、僕は人に話をするのが好きで、包み隠さずに言えばそれはコミュニケーションを求めている以上に、自分の中にあるものをとにかくアウトプットしたいという欲望でした。きょう聴いた音楽のこんなところがすごく良くてとか、世間的にこの映画はイマイチだけどおれはこの映画は大好きとか、よくこういう言われ方をしてるけどその考えって本当にそうなのかとか、そんなようなことを無性に語りたくなる時がしばしばあります。

 僕は文章を書くことが好きです。文章を書くために、物事を自分なりに分析して解像度を高めたり、新たな疑問に行き当たったりすることも好きです。ですから、そういった雑話にしても語りたいことが次々と湧いて出て、短くまとめられません。本当ならTwitterのツイートで済ませてしまえばいいような内容であっても、僕には140字ではちょっと物足りないと感じることがよくありました。

 会話そのものは苦手ではありません。人並みには他人様と話すことができるつもりでいます。とはいえ、どんなに親しい友達でも、10年を共にした恋人でも、なんでも話せるわけではありません。音楽に関心のない人に、「谷山浩子は歌詞の印象ばかりが目立つけど、音作りも本当に素敵で個性的で……」なんて話を聞かせれば退屈させてしまいます。僕は人に話したいことが多すぎるし、しかも実際に話せる量は知れたものです。

 そういう慢性的な欲求不満を解消するために、ブログはとてもしっくりきました。ブログであればどんな長文も書けます。自分語りのつぶやきでTLを汚す心配もありません。読んでもらわなくともまったく問題がないし、実際に誰も読んでいないにしろ、読んでくれる人がいるという体を取ることはちゃんとできます。僕が欲しいと感じているものが、すべて揃っている場だと思いました。

 でも案外と、思っていたよりはスッキリできないかもしれません。やっぱり血がたっぷり通った人間を相手に自分の声で話したいと、欲望が新たになるだけかもしれません。僕が感じていた窮屈さの解決に、ブログが最適といえるかは、やってみないことにはわかりません。ただ、どうせ誰にも迷惑はかからないし、ネットリテラシーを弁えてさえいればリスクらしいリスクもありません。新しいことにはどんどんチャレンジしてゆけばよいのです。

 そして今日、「これをブログに書きたい」と強く感じることがありました。この場合の僕の話において、共感は問題ではありません。アウトプットそれ自体が目的です。ただただそれを伝えたいだけの、きわめて無意味な娯楽的行為です。そのようなものが読むに耐えうる文章になるのかを保証はしません。

 それでも読もうとしてくれているあなたへ、僕は山盛りの感謝を込めてこれを書きます。

 初めまして。仁王立ちクララのブログです。僕の新たなチャレンジにあなたが興味を持ってくれた、それにすぐる喜びはありません。

 

 

 

・今朝見た悪夢の話

 

 

 前置きが長くなりました。これ以上の能書きはよします。ここまで読んでくださったのですから、どうせなら最後まで読んでいってください。決して心楽しいようなものではありませんが。

 では本題に参ります。

 

 夢の中で、僕はおそらく大学受験に挑戦していました。大学というのも、夢の中の僕の気持ち的には、それは小説の書き方を学ぶための大学らしいです。受験方法はAO入試で、僕は課題となる自作小説を一本、大学へ郵送し、合否を待っていた時期、という設定になっていました。

 夢の僕は一人でバーで飲んでいました。大学受験といっても、年齢は現実の僕のままだったので、週末に店でアルコールを楽しむのは、それほど異様ではありませんでした。しばらくは、ただ店で酒を飲むだけの夢でしたので、そんなものは語るまでもありません。

 でもやっぱり夢は夢で、おかしなことに、大学受験の合否結果が、バーにいる僕の元へ届いたのでした。そういうことにいちいち疑問を感じないのが、また夢のおかしさです。分厚い封筒に中に、合否を通知する紙が一枚と、分厚い冊子が入っていました。

 結果からいって、僕は大学に落ちたのでした。しかも、単に公的な文章で不合格を伝えるだけではなく、「惨敗」というような意味の言葉がでかでかとした太文字で書かれてありました。僕の書いた小説は、かなりの低評価で不合格になったようです。不合格は不合格でも、ほんのちょっとが足りずに惜しくも落ちたのか、まるでこの大学のレベルに届いていなかったのか、ということまで通知されるのでした。ご丁寧なことです。

 もちろん僕は大変ショックを受けて落ち込むのですが、とりあえずは同封の冊子に目を通すことにしました。その分厚い冊子は、受験生の作品への審査員のレビューをまとめたものでした。自分の何が合格に足りないのか、参考にしたかったので自分の小説のレビューを読みたかったのです。

 

 さて。

 不合格通知の紙を、僕の横から覗き見た人々が、バーのあっちこっちで笑い転げていました。はっきりと、大学に落ちた僕を笑い者にするのでした。経緯は不明ですが、そのバーは僕の受験の結果発表のためのちょっとしたパーティーをやっていて、でもそれは店側としては決してやりたくはないし、他の客も付き合いだから渋々出席している、しかもそれを誰も隠そうとしないという、雰囲気の悪いパーティーでした。みんな、僕が受験に失敗して、ざまあみろと思っていたのです。

 その笑いは思い切り露骨で、僕を指さして悪口を言うどころか、僕のところへわざわざやってきて嫌味を言う客すらいました。僕はどうも、自分が小説を書けることを鼻にかけていて、それを理由にしてしばしば人々を見下す性癖があるということになっていました。夢の僕も、現実の僕も、そんなことを思ったことはありません。僕の小説など、自分にとってのささやかな誇りと思いはしても、それは鉄棒で大車輪ができるとか、新幹線の種類をすべて知っているとか、それくらいの次元のものだと思っています。小説を書いているから自分に高値を付けるとか、まして人様を馬鹿にするなんて、とんでもないことです。

 でも僕は、人々に馬鹿にされ、笑われながら思ってしまいました。本当にそうか? 俺はお前らとは違うんだという考えを、口にはしないまでもちょっとした態度に出していたんじゃないか? 小説で人を馬鹿にしたことなどないと、本当に断言できるのか?

 

 笑われることがつらくはありませんでした。そもそも、僕など人から好かれるより嫌われることの方が多いことのです。それこそ、学生時代から身にしみて理解していました。ここまであけすけに笑われたことはありませんが、それでもそれは身から出た錆、自業自得の産物だったので、嫌われたり馬鹿にされたりしても、「ついにこういう日が来たんだ」というくらいに思っていました。

 小説でさえ結果が出なければ、おまえになんの価値がある?

 日頃からチャラチャラして真面目に小説を書かないからこうなるんだ。

 こんな程度のやつが人を見下していたなんて。

 自分のくだらなさと無意味さを思い知れ。

 着飾って人に見られるのが好きならいくらでも見世物になって笑われていろ。

 入れ替わり立ち代わり、僕のところへ人がやってきてひどい言葉をかけるのですが、それでもまだ僕は平気でした。誰かにこんなふうに悪意を向ける、それほどまでに僕が人を不愉快にさせてきたのなら、同じだけ僕が人に痛めつけられても文句は言えません。そしてその言葉はいずれも、ある程度は真実だなと感じてもいました。真実だから平気だったのです。それは僕の確かな欠点で、改善すべき部位だからです。

 つらいのは、冊子に書かれてあったことでした。それは僕が受験した学部の責任者みたいな人のレビューで、要するに「あまりにも長くて冒頭で読むことを断念した」という、信じられないような内容でした。僕は大学入学をかけた自作小説を、読んでもらうことすらできなかったのです。

 でも、まだ大丈夫でした。レビューによれば文章のプロの目から見て、僕の書く小説は冒頭に面白みを感じないということです。逆にいえば、冒頭からきちんと面白さを盛り込むことができれば、よりよい小説になるのです。つらいことはつらいのですが、それはまだしも許容できるつらさでした。

 トドメを刺されたのは、とある人の存在があったからです。

 その人というのは、実在する、僕がかつて心から恋をした人でした。僕など比べることもためらわれる美形で、どんな人とも仲良くなれる嫌味のない性格で、思慮深く、そ頭も切れる、何をしても一流にこなしてしまう、完全無欠のような人でした。その人が、たまたまバーにいて、こんなことを言われていました。

「あんなヤツでも受験してるんだから、お前も受けてみろよ。一発合格できるんじゃねえの?」

 これは、だめでした。

 だって、実にそうなんです。現実のその人はとても人気があってファンが多く、そして時々ネット上で公開する作品はすべて大ヒットしています。小説を専門にしてきたわけではない彼ですが、僕など足元にも及ばないものをいくつも書いています。そして小説などなくとも、普通にしていてちゃんと魅力がある人なのです。人生の大部分を捧げて小説を書いてきた僕は、たまに趣味で小説を書くその人に、太刀打ちができません。

 他人が、僕の努力を軽々と乗り越えてゆくのを見るのは、とても冷静ではいられませんでした。実際、僕はその人の素晴らしさがつらくて、現実のその人に対してとても失礼な形で縁を切ってしまいました。機会があれば、そのことを謝りたいです。しかし謝罪によって関係が復活することは今でもとても恐ろしい、そういう方でした。

 

 僕はレビューを読むのに真剣になるフリをするしかありませんでした。

「いかにも二次元にかぶれた読者に好まれそうな題材を選んでいてあざとい割には、その畑の人から見向きもされていない。自分に酔っている文章ばかりで、そのくせ人間のいやらしい部分だけは芯に迫っている。どうせ真面目に人と向きあいもせずに遊び回るだけの軽薄な人間関係が招いたトラブルによる実体験だろう」

 冒頭で読むのを止めたという割には痛いところを突くこともあるレビューでした。でもほとんどは小説のこととは無関係な、単なる中傷でした。まともに読んでもらうこともできず、その人の頭のなかで「コイツはきっとこういうヤツに違いない」と人格を決めつけられ、それをオフィシャルに流布される。最悪だったのは、ネット上で僕の小説を好きと言ってくれた人たちへの中傷でした。

「こんなものを読む連中は頭がイカれてる。精神疾患じみていておぞましい。世の素晴らしい文芸作品に触れもせず、こんなゴミを眺めて文章を楽しんだ気分に浸り、悦に入っている。手のほどこしようがないほど知能が低い」

 僕のことをなんと言おうと構わないのです。僕がつらい思いをするのであれば、それが耐えられないほど悲しくて、心が折れてしまってもいいんです。

 だけど僕の小説を読んで、好きだと言ってくれた人たち、楽しい時間を過ごしてくれた人たちが、いったい何をしたと言うんでしょうか。こんな発言が許されるほどの権利を、いったいこの世界の誰が持っているんでしょうか。

 そんな当たり前の怒りを口にする権利すらありません。僕の小説は大学受験に失敗したのです。

 

 僕はお手洗いに逃げました。もう痩せ我慢もできそうにありません。でも一人で泣くこともできません。ろくに掃除もされていない公園の古い公衆トイレのような汚らしい場所で、僕は汚物のにおいのするホームレスのおじいさんに、文字にするのもはばかられることを要求されていました。お前はそういうことを平気でする人間なのだろう、それが趣味なんだろう、だってあれだけ立場のある人間が公的にお前のことをそう言っているじゃないか。大学の受験結果は、世間にオープンにされていました。

 僕はバーを出ました。停めてる自分の自転車に乗って家に帰ろうとしました。ですが中年のおばさんと、連れの男の人が自転車で僕を追いかけてきます。往来で、声も抑えずに品のない罵倒で僕を笑います。自転車のスピードを緩めて、僕が加速すると笑いながら二人も追いかけてきて、「何を逃げようとしてるんだ」と前後を挟んでしまいます。分かれ道で別々になったと思ったら、先回りして違う道から現れます。

 僕はふっと思い出しました。僕の自転車は、現実には僕がそのデザインに胸を掴まれるあまり、うんと気合を出して購入した、とてもお気に入りの、高性能な自転車です。でも夢の中でその自転車は、おばさんから強奪同然にプレゼントされたものでした。おばさんは僕から自転車を取り返したいのです。我が物顔で乗り回しているマシンが、本当は誰のものだったのか、それが容易にプレゼントできる程度の価格だったのか、僕が思い出すのを待っていました。

 僕は自転車を停めて、路上でおばさんへ土下座で謝罪しました。あなたへこれを返します。僕は強盗犯です。これから警察へ自首しますので、それを見届けてください。本当にごめんなさい。

 思えば、パーティーに出席した人々は、少しばかりファッションにかぶれた程度の僕などより、本当に華やかでした。夢の僕は、小説が書けることを振りかざし、華やいだようなフリをしているだけの、醜悪な性格の、悪趣味な犯罪者だったのです。

 

 

 以上が今朝見た悪夢の内容です。

 僕は定期的に悪夢を見ますが、普段の悪夢は内容がほとんど同じで、過去のトラウマが元ネタになっています。ですが今朝の夢は違いました。トラウマによる漠然とした恐怖の夢ではなく、今朝の夢の悲しみは非常に具体的で、かつ鮮烈でした。目が覚めた瞬間、夢だったことを理解しても、あまりに悲しくて体を起こす気力さえ湧いてきませんでした。僕にはこういうことがよくあります。トラウマの夢が忘れていたものを思い出されて、そういう日は一日じゅう落ち込んでしまい、たまりません。何をしてもトラウマが頭のどこかにあり、一つも集中できなくなります。

 いつもは悪夢のことを、誰かに話すことでいくぶん楽になれました。それは僕個人のトラウマとはいえ、けっこう誰にでも理解可能な種類の恐怖と苦痛なので、話すことで共感が可能でした。それに、割りと漠然とした内容の夢なので、話すにもさほど時間もかからなかったのです。

 でも今朝の悪夢はそうはいきません。小説を書いていることの苦しさなど、友達や恋人が相手でもそうそう共感できません。あまりにも夢の内容が具体的で、どれもこれもが悲しいことだらけでしたので、僕としては省略しかねるのです。夢のすべてが激しい悲しみで、僕は悲しさのまるごと全部を話さないことには満足できそうもありませんでした。ですがそんなことを話すと長くなりすぎるし、聞くだけでも苦痛なはずです。

 そういうわけで僕は、この夢をブログに書こうと決心しました。誰が読むとも知れないブログならば、誰かの目には止まるかもしれないし、誰にも知られることはないかもしれません。もし読んだとしても、つまらないと感じたらすぐに中断できます。会話と違い、ブログは聞くことを強制はされないのです。それがよかった。

 

 

 2018年秋、僕は小説を同人誌として頒布しました。その本文において、僕はこんなことを書きました。

「俺は、ダメージになどへこたれない、強くてタフな、カッコイイ男でなくてはならない」

 ブログを書く決心が固まるまで、僕は悲しんでもいながら、怒りも感じていました。その怒りが何に対する、どういう理由の怒りなのか、ちょっと考えてみたのです。

 月並みな表現ですが、「自分に負けたくない」という言葉があります。ですが、夢などというのは、自分とすら言えるかどうかわからないものです。そんなあやふやなもののくせに、悲しみは理不尽に激しいのです。いちばん言われたくないことばかりを的確に言われます。今朝の悪夢において、僕は「攻撃してもかまわない人物」として見なされていました。その攻撃は、正しい行為で、完璧な正義でした。

 なぜ朝っぱらからこんな思いをしなくちゃいけないのか、その不条理さが、どうしても我慢ならなかったのです。

 夢ごときに負けたくありません。へこまされたり、ダメージを受けたり、したくありません。そんな幻みたいなヤツが、おれの日曜日の目覚めを邪魔するのは、いったい何事だ。そんなことで悲しんでいるくらいなら、そいつを踏み台にして、何か一つでもやってみせてやりたかったんです。

 

 色々なことを思いました。

 小説というコンテンツの性質上、興味を持ってもらえないことにはスタートすら切ることができません。その意味で、夢のレビューは真実でした。読むということの、それ自体を拒絶される。僕の長年の悩みでもあります。それだけに辛辣でもあり、普段の自分の行いが作品にとってマイナスを及ぼす恐れもある。気を引き締めねばなりません。

 かつて愛した人を夢で思い出すのは、つらいことです。今でも憧れる人ですが、僕なんかではどうあってもあんなふうにはなれません。人気のある方なので、意識して避けていても時々、名前を目にします。活躍する姿を、心から応援ができません。存在を感じることがつらい。あんなに僕に親切にしてくれたのに、これに関して僕はマジのガチでクズです。

 僕の努力を応援してくれる方々をけなされたことがありました。立場上、異論を差し挟む余地のない相手でした。向こうは本気で読者をけなしたかったわけではありません。僕を責める口実として、口汚いセリフの一つに使っただけです。強い信念によって否定されたわけですらない。それくらい軽く扱われました。僕はその相手を一生憎みます。反論できる立場に立てない自分の至らなさと、人の想いを道具にする悪辣さは、別の問題です。

 僕は芸術大学の文芸学科に通いました。だからといってプロを目指す気はありません。小説が上手になりたいと思います。でも仕事にはしたくないのです。そんなヤツの書くものですから、何々のレベルには程遠いと言われればそうです。でも誰だって最初は初めてです。レベルが足りないから学びたいと思うのに、学ぶことにレベルを求められたら、僕たちはどうすればいいのでしょうか。

 目が覚めた瞬間、そういう様々な気持ちはいっぺんにやってきます。あまりに気持ちがめちゃくちゃで、僕は最初、泣きつく相手を探しました。弱音を受け止めてくれる人がいてほしかった。でも朝の6時30分にそんな人はいません。そんな時間に「嫌な夢を見たから聞いてほしい」なんて言ってくる人は非常識だし迷惑です。気持ち悪いと思われるかもしれません。だいたい、そんな自分を対して愛せそうにありません。僕はどちらかといえば、弱音を吐くよりも、そういうことを言われた時に受け止めることはできずとも、せめて正面から向き合えるような人間でいたいと思います。だから夢なんかに負けるわけにはいきません。強くてタフで、カッコイイ男。

 

 

 そういう負け惜しみで、僕のブログが今日、スタートしました。ちっとも構わないんです。僕が勝ったと思えば勝ったんです。僕の中ではね。だって長年悩まされた悪夢の朝に戦う方法を一つ見つけたんですよ。

 このブログは多分これからも、大体そんなようなものです。

 これからも、あなたの勝手で、読んだり、読まなかったり、二度と来なかったり、してください。あなたの自由意志で、無条件に。

 初めまして。

 仁王立ちクララのブログです!